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あれから12年。

関西は、今日は朝から12年たった「阪神淡路大震災」のニュースが飛び交っておりました。
ぽんたの住む琵琶湖は同じ近畿でも、震源地から遙か離れた地域だから大きな被害はありませんでした。
それでも同じ関西ですから、直接震災に遭われた方とお話しする機会が良くあります。
当時、ご近所の別荘は被災された方の住居として貸し出されもしておりました。
実感は薄いけど、やはり身近なニュースです。

真冬の明け方に、お腹が痛くて目が覚めベッドの上でお腹を抱え座り込んでいた時に突然「ドン!」と大きく揺れそのまま大きな揺れが長く続いたのを覚えている。
(それ以来お腹が痛くなると大きな地震が来るような気がしてしまう)
子ども部屋で明かりがついたので、家が揺れる中壁づたいに子ども部屋に入ったら、タンスが倒れ壁の電灯スイッチをタンスが押しておりました。
二段ベッドで寝ててくれて良かったなぁ。
揺れが落ち着いた頃1階に降りてみたが、2階ほどの被害は無くテーブルの上にあったお気に入りのランプが落ちて割れていたくらいだった。
ご近所さんでは、置いていた向きによっては大型テレビが台座から落ちていたり食器棚が倒れたりと被害も色々だったみたい。
当日のニュースは明るくなっても影像が流れるまで時間がかかり、一瞬にして崩壊した神戸の街が映し出されたときは本物かと疑ってしまった。
やはりというか、阪神高速が横倒しになった影像は衝撃でした。
(折れた道路の端っこにぶら下がったバスの運転手さんは今京都の高校の送迎バスを走らせております。たいしたこと無いけどプチ情報)
そういえば余震が続く中、確か相方は神戸が地元のサンテレビとラジオ関西にバイクにまたがり、応援に何時間もかけて走って行ったっけ。

あれからしばらくは、いつも揺れているような絶えず地震があるような足元がいつもふわふわした変な感じだったよ。
なんだろ? 地震が来るかもと言う恐怖感からだったのかなぁ?
関東出身の相方は多少の揺れには慣れているらしく、揺れを引きずっていたのはどうやら自分一人だけだったようだが。
それでも危機管理?になるかどうかだが、キャンプ用具の中には非常食やガスコンロ、水、インスタントラーメンが常備されていった。
(いつでも動けるようにワンボックスの車の中に押し込んでいただけなんだが)
今は? ・・・・いつの間にか全て食べ尽くされ跡形もなくなりました。
おぉ~~~い! もしもの時の危機管理はどこに行っちゃったのぉ~~~?????


被災され亡くなった方のご冥福をお祈り致します。
併せて、悲しみを乗り越えて頑張って生きておられる方々の幸せを祈ります。
更なる復興を願って今日の1日を過ごさせていただきます。

新潟の中越地震で被災された方も以前の生活に戻れなかったり、そのほんの少し前の台風の被害で、ぽんたの田舎ではいまだに線路がいたるところで分断されたまま元通りに開通できていない所もあります。
(一体あれから何年たつんだよ!)
年度末の道路工事ばかりじゃなく、国や自治体には1日も早い復旧作業を願いたいものです。
(喧嘩売ってるつもりはないですが)




今日もしつこく書かせていただきます。
アクセスカウンター 10000Hit もう間近!

目指せ!10000Get!! ついでに9999Get!!

よろしくお願いします。m(__)m
自爆だけはどうしても避けたいです。
気がついたんですが、できたら身内のGetも避けたい。
覗いているようなんですよ。身内が。
どうかご訪問の皆様、身内やぽんた自身を出し抜いて下さい。(*^_^*)

19件のコメント

[C771] 来るんですよね。もうじき。

東海沖地震と東南海地震が、もう射程距離内です。
築後40年の木造のオンボロ我が家も風前の灯火です。

唯一の対策は風呂の水を翌日の夕方まで落とさない事だけです。
いえいえ洗うのが面倒だからじゃあないですよ。
(風呂洗いはおうじの唯一の国務)

  • 2007-01-17
  • 投稿者 : おうじ
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[C772] もう・・・

あれから12年も経つんですね (*ノノ)
あのニュースは、9.11に匹敵する位衝撃的でした (ノ_・。)
ぽんたさんは被害が少なくて良かったですね (*^-^)ノ
ってか、このブログを身内が見ているんですか? ェェェΣ(゚Д゚,,)

では・・・
娘さん見てますかー ♪d(⌒o⌒)b♪
大きくなったら3Bbaku兄さん(?)とデートしようね ヾ(≧▽≦)ノ

失礼しました m(__)m
  • 2007-01-17
  • 投稿者 : 3Bbaku
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[C773] 昨日のことのよう

娘が生まれた年なので、鮮明に覚えています。
愛知県ではモノこそ倒れなかったですが、地鳴りがしたような長い地震で、ただ事ではない・・・と思いましたね。
そしてTVを付けたら目を疑って・・・・。
生まれて半年の、ごろごろ寝返りうってる娘の相手もそこそこにTV観てた記憶があります。

震災に遭われた方々の傷は何年経っても癒えませんよね・・・。

身内のキリ番ゲット。かなり笑えます。
  • 2007-01-17
  • 投稿者 : ゆうゆ
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[C774] あれから12年ですね

 高山でも揺れました。通勤の車の中でニュースを聞いていましたが、被害の様子はなかなか伝わりませんでしたね。昼休みにTVで見て愕然としました。あれから12年にもなるのですね。
  • 2007-01-17
  • 投稿者 : ねさま
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[C775] ショックでしたね

岐阜は震度3でした。
寝ていたのですが、揺れた時間が長かったように思います。

TVでは二次災害の酷さが伝わってきて、もどかしいような空恐ろしいような気がしました。
たまたま友人が震源地の近くに住んでいたのですが断層の向きが違ったため、棚の上のビンが落ちただけだったそうです。実家に連絡して「これから会社に行く」といったらお母さんに「その駅が無くなっとるんやよ」と言われて初めてTVを見たのだとか。
直接被害は無かったようですが、やはりライフラインの切断で京都へ一時避難したそうです。

今回防災に関する本の記事を書いたのですが、本当に偶然でした。防災の日であることを忘れていたので。でも、逆に何かの力を感じてしまいました。

過去・現在、様々な被害に会われた方々のご冥福といち早い回復を願っております。
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : 猫まんま
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[C776]

琵琶湖は離れていると思ったんですが、かなり激しく揺れたんですね。あらためて地震の怖さを知らされました。
                Y・K

[C777] 怖かったですね

当時大阪のマンションの3階に住んでいたのですが。
水槽があふれかえり掃除し終わった後で揺り返しでまたあふれ、たいへんでございました。
7階の友人宅はたんすも食器棚も部屋の真ん中に移動してました。
神戸に友人や会社の先輩が多かったので、連絡がとれず、こどもをおぶって探しに行こうかとおもったくらいです。
残念なことに先輩は亡くなられました。
先輩にいただいたお三味線があるのですが形見にになってしまいました。
今も大事にもっています。

私の実家は豊中市にあるのですが、当時は長い間ブルーのシートにおおわれ元にもどるまで時間がかかりましたよ。

いつくるか分からない天災ですが、絶対に生き延びる心と絶対に助け出すという気概を持っていたいと思っています。

[C778]

あの時のニュース映像は今でも鮮明に記憶にのこってますね。

自然災害って何が起こるか分からないのが怖い・・・。
1人暮らしだともし、何かあったら誰か気がついてくれるんだろうかとか思っちゃいます。

yasukoさんの
「絶対に生き延びる心と絶対に助け出すという気概」
すばらしい言葉です。
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : かおりん
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[C779]

もう12年ですか…。
Ryuaはあの当時京都と大阪の間にいました。琵琶湖でタンスが倒れるほどだった事にびっくりしました。うちではタンスが倒れるほどではなかったみたいだから…。
でも、それ以来、母はタンスや食器棚は倒れないように固定して、棚の扉などで観音開きのモノには手製のカギのようなものをつけたりと工夫しています。
あの地震の直前やその瞬間は今まで聞いた事のない音がしたとよく聞きます。
地震の瞬間寝ていて聞かなくて良かった。
それでもずっと揺れていて余震とかもあってすごい怖かった。
当時の事、他の事は記憶が曖昧になりつつあるのに、地震の時の事は今でも鮮明に覚えてる。母が寝てるRyuaの上においかぶさって来て何事かと思って起きたらすごい揺れてた。
何でかな?恐怖心は薄れてるように思います。
恐怖心も忘れちゃいけない気がしました。
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : Ryua
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[C780]

こんちわ~
コメント初めてさせていただきます
12年…あっと言う間だったような
でも、あの時のことは今でもはっきり覚えてます
1~2ヶ月は眠れなかったような…

ぐしおさん、最近どうしてるんでしょうね~
また、遊びに参ります。
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : ドルっち
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[C781] 心がけ。

自然災害は「今から行きますよぉ~」なんて教えてくれないですから、やはり日頃からの準備が大事ですよね。
たいした教訓でもないが、棚にちまちましたものは飾らないことにしております。
落ちたの拾い集めるの大変ですから。(^^ゞ

>おうじさま
琵琶湖の西も大きな断層が走っているので、ライフラインの確保は防災訓練時の最重要課題です。
「太陽の黙示録」や「日本沈没」のような、大災害を遙かに超えてしまう未曾有の天災ではどうしようもないですが。

築40年ですか。意外と古い建物の方が基礎がしっかりして大丈夫なものですよ。
我が家、そんなに古いわけではないのに、ぽんたが歩くだけで床がひずんで居るんですが・・・。
地震が来る前にやばいかもしれない。。。゙(ノ><)ノ

>3Bbakuさん
9.11の時は、たまたまチャンネルを回しているときに速報で入ってきたニュース影像だったのですが、あまりにも鮮明すぎてしばらくは映画だと思ってしまいました。
悲しいことも苦しいことも信じられないようなことも、人間には乗り越えなければいけないことが数多くあるようです。

娘に3Bbakuさんのコメントを紹介しました。
一言「お兄さんじゃなくておじさんらしいけど」と加えましたが。
お菓子を送っていただいた方と言うことで、ポイントは高いですよ。(*^_^*)

>ゆうゆさん
余震が続く中ずっとテレビを見てました。
燃える街をヘリからの影像を見ながら、何もできない無力感と恐怖感の混ざった気持ちで。
あれから12年の月日の中で街は新しくなったけど、一瞬で消え去った昨日までの暮らしを立ち直らせるのにはもっともっと長い年月が必要なようです。

ぽんたブログ、相方もこっそり覗いておりますが、ぽんた兄ちゃんもたまに覗いているようです。
お願いだから踏まないでぇ~~。ってお願いしております。

>ねさまさん
当時の村山首相も、朝のニュースを見て状況を把握したそうです。
被災状況は刻々と変わり、正しい情報が伝わらなかったりと現代社会がいかに脆かったのかを感じました。
被害に遭っていない地域では、詳しいニュース影像で状況がわかるのに、当事者達には全く伝わらないという皮肉な現象。
12年たった今、国も自治体も個人の意識と併せて機動力、体制が当時よりは高くなった事を信じたいです。
一歩ずつでも前進することが、無くなられた方へのせめてもの供養ですから。

>猫まんまさん
ほんとに長い時間揺れておりましたね。
普段の生活ではたいした時間ではないのだろうけど、大地が揺れるというのは、そんなわずかな時間でも地上を破壊するだけの力があるのですよねぇ。
夜明け前の大都会の地震。
揺れに伴う崩壊、延焼による二次災害、行き場の無くなった被災者、救援物資の遅れ、ライフラインの復旧の遅れ。
どれもこれも後に課題を残しました。
大震災から国の危機管理の見直しもされましたが、あまりにも大きな犠牲の上での教訓は本当に活かされているのか・・・自分を振り返ると亡くなった方に申し訳ない限りです。

>Y・Kさん
神戸や淡路から遙かに離れていましたが、立ち上がるのがやっとくらいに揺れておりました。
最初の「ドン!」はすごい衝撃でした。
震源地近くの揺れは自分の感覚では計り知れない物です。
12年前の恐怖を身近に感じておりながら、あれ以上の大地震というのがまだ実感としてわかず想像もできないままな自分。
いずれくるであろうと言われている大地震に対しての心構えが未だできておりません。(_ _ )/ハンセイ

>yasukoさん
大震災で被災されたのですか。
生活も精神的にも、復興されるまでのご苦労は計り知れないものだと思います。
ほんとにお疲れ様でした。
生活圏が震源地に近い方、実際に被災された方の心痛は自分とは比べものにならないものです。
元気で明るいyasukoさんに、今の時代に出会えたことに感謝します。ありがとう。
無くなられた先輩の方のご冥福をお祈り致します。
先輩の人生分も長生きして下さいね。
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : ぽんた3号
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[C782] 恐怖心も教訓に。

立ち上がることを躊躇させるだけの大きな揺れ。
それでも家族を気遣い立ち上がった思い。
あの日の恐怖心と強さを薄めるのではなく教訓として活かして行かなきゃね。

>かおりんさん
自然災害に限らず、福知山線脱線事故の時もそうでしたが、見ず知らずの方々の助け合いで沢山の人たちが命を守ることができました。
目には見えなくても、人と人の繋がりは命を守る大きな盾です。
日頃から「ここにいますよぉ~」アピールをしておかなければいけませんね。(*^_^*)
何があっても生き抜くという強い思いが有れば、きっと大きな壁も山も越えられるのでしょうね。

>Ryuaさん
恐怖心こそ覚えておかなければいけないのでしょうね。
予想外を予想しなければいけないし。
自然相手の防災は難しいです。

琵琶湖の周りは断層が走っているから地盤の違いで揺れ方も違ったのかもしれないですね。
我が家の揺れは「家の造りが安物だから」震源地でもないのに大きく揺れたのかもぉ~~。(・_・、)

そうそう、去年意外と大きな地震の時洗面所にいたら、足元にいたチビノスケが洗濯機の陰で恐怖で固まって動けなくなってしまいました。
猫も突然の揺れには勝てないようです。(揺れが収まってもしばらく固まっておりました)

>ドルっちさん
はじめましてぇ~。
訪問、コメントありがとうございます。
(ぽんた先日も読み逃げしておりました。挨拶もなくドロンしちゃってごめんなさい)

1日中、また揺れる?今揺れてる?って気が気でなかったですよね。
真夜中でもすぐ起きれるように、外に何時でも出られる服装でベッドに潜っておりました。(夜逃げ準備おっけーみたいな)
12年たって、振り返ればあまりにも自分が油断しまくっていることにあらためて気がつきました。
反省しきりです。(^^ゞ

ぐしおさんの更新をぽんたも毎日楽しみにしているのですが、気になりますよね。
お元気でしょうか。お仕事忙しいのでしょうかね。

ぽんたも遊びに行かせて頂きますので、どうぞこれからよろしくお願いします。m(__)m
コメントいただけてすっごくうれしいです。(*^_^*)

  • 2007-01-18
  • 投稿者 : ぽんた3号
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[C783]

やっほー(^-^)V
ご無沙汰してごめんね。

さて、あれから12年も経つんですね。
京都はそんなに被害もなく、我が家も無事だったのですが
ニュースを見て驚いたね~
怖かったですよ。特に阪神高速。
アタシは専業主婦だったので一日中TVを見てました。

神戸の街はすっかり復旧してますが、心の傷はいつまでも消えませんよね。
無事だった我々は、出来る事を出来る限りしていきたいですね。

  • 2007-01-18
  • 投稿者 : タネ
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[C784] (*・ェ・*)ノ~☆コンバンワ♪

そうそう、当時は17歳だった~
ん~歳とったなぁ(汗) 怖かったですよー
実家(神戸)からは離れてたから大きな被害は無かったけど
親と連絡取れたのは数日後だったし、地震の日は一人だったから
よけい怖かった(><;

地震はマジデ怖いです((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
  • 2007-01-18
  • 投稿者 : ぽっぽ。
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[C785] 教訓を活かして一歩でも前進。

災害を無傷で越えることはできないだろうけど、傷を負いながらも立ち上がることができたのならば、小さくても一歩ずつ前進していきたい。
そうでなければ、前進できなかった尊い命に申し訳ない。

>タネさん
会社の方は落ち着きましたか?
ぐうたらニートなぽんたは、日がな一日パソの前でタネさんのお帰りをお待ちしておりました。
会社でのごたごた解決への尽力ご苦労様です。

阪神高速横倒しのねじれた橋桁、今も脳裏に焼き付いております。
それもこれも、テレビ中継だったからなんですよね。
被害を受けている方々はテレビを見ることもできず、自分たちの被害状況も知ることができなかったようですから。
震災後一緒に生協の委員さんをやっていただいた方は、家屋全壊で大津に引っ越しされてきた方でした。
昨日までの生活が消えて無くなるという悲惨な体験をステップに、ボランティアで各地に飛んで走って頑張っておられます。
(この方、お身内の方をを9.11のWTC崩壊で亡くしており、アメリカまでボランティア活動で飛んで行かれました)
「自分にできること」小さくても、それを見つけて実践することが大事なんですよね。

>ぽっぽ。さん
まだ学生さんだったのですね。
それでご家族と離れておられたのなら、さらに心細く怖い1日だったでしょうね。
家族との連絡が付くまでの数日間よく頑張られましたね。えらかったねぇ。ヨシヨシ(*^_^*)
震源地にあまりに近いその当時のぽっぽ。さんやご家族皆様の気持ちにはほど遠いですが、わずかな一歩ですが積み重なったこの12年の復興に希望の光が射していると信じたいです。
その一歩を歩き続けてきたぽっぽ。さんとこうやってブログを介して出会えたことに感謝します。(*^_^*)
  • 2007-01-19
  • 投稿者 : ぽんた3号
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[C786]

早いですねぇ~。。
もうそんなに経っちゃうなんて(´Д`;)

関東のほうも大きい地震が来る来るって言われて数年経っていますが・・・いつ?!!ですねw
70%とかいう数字も出ちゃっていますが・・・w

地震は全てを壊していきますから、非常に怖いですね(iдi*)
出来ることなら一生来ないで欲しいものです・・・。
  • 2007-01-19
  • 投稿者 : ケイシ
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[C787]

もう十二年もたつんですね。
あのときは、ちびが生まれたばかりで里帰り中でした。
揺れを感じて、急いでちびを抱きかかえました。
朝、ニュースで流れていた光景に愕然としました。
この前、津波警報が出ていましたけれど、避難された方が少なかったとか。
前も大丈夫だったから、今回も大丈夫という安易な考えを持つことは危険ですよね。
身を守ることを第一に考えてほしいものです。
  • 2007-01-19
  • 投稿者 : 鈴
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[C788]

もう12年ですね・・・時の経つのは早いものですね・・・
親友の生死が判るまで何をしても落ち着かなかった記憶があります。
ありがたいことに親友は怪我ひとつしていなかったのですが、たくさんの被災者の方々をニュースで見る度に心が痛みました。
未だに心の傷に苦しんでおられる方も多いと聞きます。
心の傷が消えることはないとは思いますが、少しでも小さくなって欲しいと願っています。
  • 2007-01-19
  • 投稿者 : はまぴー
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[C789] 自然。

「自然の驚異」と言う言葉を良く耳にします。
普段はとても優しい表情をしておりますが、人間にはあらがえきれない大きな力を持っています。
自然災害が起こったとき、人災という二次災害に繋がらないよう前もって危機管理をしっかり身につけておかなければです。

>ケイシさん
地震に伴う津波、土砂崩れ。
建物崩壊だけでなくいろんな災害状況が重なってしまうからほんとに怖いですよね。
阪神淡路大震災は崩壊もさることながら、各地からの出火による延焼で街が消えました。
ほんとに、ずうぅ~~っと来なければ一番良いですよね。
地震防止装置とかってアメリカあたりで作ってくれたらいいのに。

>鈴さん
地震速報や、津波警報にあまりに慣れすぎておりますよね。
今回も大丈夫とか、これぐらいは大丈夫という根拠のない安心感は、いざというときに遅れが出てしまいます。
いかなる時も、命を守ることをおろそかにしてほしくないものです。

>はまぴーさん
親友の方、怪我もなくほんとに良かったですね。
当時は阪神方面に身内も知り合いもなく、ただただ大きな街ががれき状態になってしまった影像を見ておりました。

被災された方々の、大きな犠牲の上に今の生活が乗っていることを心に置いて、教訓としてこれからの災害時の安全対策を、それぞれ確かなものにしていかないと申し訳ないですよね。
同じ事を繰り返すようでは、体と心に残る傷は癒やされないですから。
  • 2007-01-19
  • 投稿者 : ぽんた3号
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Author:ぽんた3号
日本一大きな湖「びわ湖」を眼下に、老にゃんこ「チビノスケ」を抱えて、ちょっとリア充な日々を送っております。
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